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江戸時代の身分制度は実態は!士農工商って実際はなかった?

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お主も悪よのうぅ。 お代官様ほどでは。ひっひぃひぃ~

 

テレビの時代劇を見ていると、
侍はきれいな着物を着ていて裕福そうで、
そして偉そうにしていますよね。

庶民はお侍さんにペコペコしていて
生活は苦しそうだし理不尽な目に
合っているシーンをよく観ませんか?

果たして本当に江戸時代は
こんな身分制度があったのでしょうか?

そこで江戸時代の身分制度について
解説します。

 

 

江戸時代の士農工商とは?

 

学校で士農工商という身分制度を習います。

士>農>工>商

この順に身分が高いということ??

 

「士」=武士、侍のこと

 

「農」=農民

ただし農作物を作る人ばかりではなく、
漁業や職人のことも指します。

都会(江戸)に住む人に対して、
地方に住む人のことを農民と
呼んでいたようです。

 

「工」=工業に従事するもの

しかし、江戸時代には
工業という概念がなく、
現在のように大きな工場などは
ありませんでした。

江戸で物を作る職人のことは
町人と呼んでいたようです。

 

「商」=商人

物を仕入れて売る
商売をしている人のことです。

ビジネスがうまくいけば
巨大な富を手にすることができます。

武士の方がお金を借りに来たりして、
商人の方が偉そうにしていることも
あります。

 

なので
士農工商は職業を分ける言葉で、身分の順番というわけではありません

 

武士は確かに大名のように、
身分が上の人もいます。

ですが武士と一口に言っても
ピンからキリまでありました。

下の方は侍とは名ばかりで
アルバイトをしながらやっと暮らしている、
という人もいたようです。

 

 

生まれながらに決定されていた江戸時代の身分や実態

 

戦国時代は国盗り合戦で
度々戦が起こりました。

戦死者もたくさん出ると補充が必要です。

身分にこだわると
戦に出られる人もいなくなるので、
農民でも戦に参加し、
手柄をあげれば出世していける、
というものでした。

豊臣秀吉はその典型で、
農民から天下人まで上り詰めました。

 

しかし、江戸時代に入り、
平和な世の中になると
武士はすることが無くなります。

国を統治している徳川幕府の手助けが
武士の主な仕事になります。

つまり今でいう役所勤めのような
ものですね。

 

武士は公務員

 

公務員の給料は
税金から払われていますので、
誰でも彼でも武士になると
税金を納める人がいなくなる
というわけです。

そこで武士、
すなわち国家公務員になれるのは、
武士の家に生まれたものだけ、
ということにしたんです。

農民・町人・商人は職業を
変えることは可能ですが、
武士の家に生まれたものは
武士にしかなれないということです。

思い切って武士の家を飛び出し
やりたい仕事に就く人も
いたかもしれません。

ですが楽な暮らしをしながら
育っているのでよほどの勇気がないと
難しいでしょうね。

 

武士もピンキリ

大きな家の子に生まれた嫡男は
最初からエリートコースを
約束されていました。

どんなに仕事のできない人でも、
そこそこお給料はもらえるし
偉そうにもできます(笑)

ですが親が下級武士の家の子は
いつまでたっても下級武士。

ましてや次男、三男、四男になってくると、
家は継げないし、たいした仕事も与えられず
貧乏浪人となって傘梁などの内職で食いつなぐ
というのが実態だったようです。

お侍というとお殿様のように
優雅な暮らしをしていそうですが、
それはほんの一部。

本当は農民や町人、商人の方が
幸せな生活を送っていたのかもしれませんね。

 

江戸時代の身分制度を支えた「主従関係」とは

主従関係は雇人と仕える人、
主人と家来ということですよね。

これは元々武士が部下に報奨金を渡したり、
土地を与えたりしたことが始まり。

江戸時代には
・地主と小作人
・商家の主人と奉公人
・職人の親方と弟子
このような主従関係が一般化されていきました。

家来という言い方には抵抗がありますが、
給料をいただく代わりに
主人の言うことには逆らわず
忠実にお仕えする。

というのが身分制度を支えた
主従関係の実態ということですね。

 

まとめ

江戸時代の身分制度は
時代劇によく出てくる
「切り捨てごめん!」のような理不尽さは
あまりなかったのでは?

と想像されます。

案外、いまだに身分学歴を重視している現在の方が生きにくい世の中に
なっているのかもしれませんね。

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